1.亜鉛の歴史
亜鉛は紀元前4,000年頃から銅との合金である真鍮(黄銅)として使用されていた。紀元前3,000頃の黄銅のナイフがギリシャのThermiで発見されたが,亜鉛を12%含有する銅合金であった。また,イラクのNuziの寺院跡から発見された紀元前1,400頃に作られた指輪は,銅 (77.6%),亜鉛(12.2%),錫(6.3%),鉛(3.35%)の合金で,セメンテーション法で作られたと想定される。更に,古代ギリシャ人はキプロス産の亜鉛化合物について記録しており,亜鉛は一部の地域で普及していたと推定される。また,600BCにトランシルヴァニア(Transylvania)のダキア(Dacian)で亜鉛を多く含んだ金属(80~90%)の小像が発見されており(現在のルーマニア),ダキア人は紀元前から金属亜鉛の精錬技術に習熟していたと思われる。
ローマ時代のガリア(Gallia現在のフランス)で作られた亜鉛の文字版が1980年大にベルン(Berne)で発見された。30BC頃にはローマでは真鍮が造られており,カラミン(calamineわずかな酸化第二鉄を含む酸化亜鉛)の粉と木炭と銅をるつぼに入れて加熱して真鍮が作られ,武器等に加工されていた。ロ-マ時代には11~28%の亜鉛が含まれた真鍮で兜が作られ,金メッキを施して装飾用としての黄金色に輝く兜が作られていた。
また,インドでも,ダキア人とは関係なく亜鉛精錬技術を発見し,12世紀には綿を還元剤として金属亜鉛を得ていた。12世紀から16世紀までに100万トン以上の亜鉛を製造したと推測される。インドの技術はやがて中国に渡り,16世紀には中国でも亜鉛生産が始まり,真鍮が作られていた。
尚,ダキア以前にヨーロッパで金属亜鉛を得た民族はおらず,ヨーロッパで金属亜鉛を精錬するようになったのは産業革命が始まってからである。中国やインドから逆輸入され、産業革命の波に乗っていくことになるが,ヨーロッパでは永く亜鉛が忘れられ,使用されていなかった。
ヨーロッパ人として金属亜鉛に初めて接したのはポルトガル人であったが,亜鉛の重要性に気づかず,ポルトガル商船を拿捕したオランダ人によってヨーロッパに金属亜鉛が持ち込まれた。1509年にはニュルンベルクのエベナーが初めて欧州での金属亜鉛の生産を始めた。1620年にはヨーロッパで東洋起源の金属亜鉛の販売が始まった。1737年には,中国から亜鉛精錬技術がイギリスに伝わる。
1743年にWilliam Champion(英)が亜鉛の製法を確立し,ヨーロッパ初の亜鉛工場が港湾都市ブリストルに建設された。年間生産量は200トンである。同年スウェーデン人のアントン・フォン・シュワープが炭酸亜鉛や硫化亜鉛から亜鉛を蒸留分離することに成功した。これはイギリスの製法とは異なる新しい製法である。
1746年にはドイツ人のアンドレアス・マルクグラーフ(Andreas Sigismund Marggraf)は空気を遮断して,コークスと酸化亜鉛を加熱し,金属亜鉛を効率的に作るのに成功した。1798年にJohann Ruberg は水平レトルト製錬(horizontal retort process:耐火性容器に石炭と亜鉛鉱石を入れて加熱して亜鉛を蒸留精錬する方法)による亜鉛製錬工場を建設し,金属亜鉛の大量生産を可能とした。当初,鉛製造工業の副産物として得られていた亜鉛の表面は平滑ではなく,櫛の歯 (Zinken) のような筋状になっていたので。Zinkと呼ばれるようになった。また,1836には亜鉛メッキ(Hot-dip galvanizing)がフランスで発明された。
日本で真鍮を意味する鍮石という言葉は天平時代から記録があり,文禄年間には真鍮という名称に変化している。16世紀の終わり頃には,亜鉛は中国名で倭鉛と呼ばれた。当時,ポルトガル語ではツタンナガ (Tutanaga) と云ったことから,日本ではこれをトタン(吐丹)と呼び,この呼び名が定着した。また亜鉛という言葉は1713年(正徳3年)に『和漢三才図会』に記録されたのが最初であるとされる。従来,日本では真鍮は江戸時代になって普及したと考えられていた。しかし,12世紀の平安時代に鳥羽上皇の皇后である美福門院が高野山に奉納した「紺紙金字一切経」に,真鍮が大量に使われていることが判明し,すでにこの時代には日本でも真鍮が使われていたようである。
1850年代には米国においてヒルツが亜鉛生産を開始し,1881年にフランスのルトランジュが電解法を発明した。日本国内における金属亜鉛の製錬は1889年(明治22年)に黒鉱の処理から開始された。蒸留亜鉛が商業ベースで生産され、電気亜鉛の生産が神岡鉱山で開始されたのは共に1910年(明治43年)頃である。1910年代になると世界各地で亜鉛の電解精錬が始まった。
2.亜鉛の資源
亜鉛の資源としては,表1に示す種類の亜鉛鉱石があるが,その中で閃亜鉛鉱 (Sphalerite)が主要な製錬原料である。その他,繊維亜鉛鉱(Wurtzite),黄錫亜鉛鉱(Kesterite),紅亜鉛鉱(Zincite), 菱亜鉛鉱(Smithsonite)及び異極鉱(Hemimorphite)なども亜鉛鉱石であり,その一部が製錬原料となっている。
3.亜鉛埋蔵量及び資源生産量
資源生産量とは世界の亜鉛鉱山で採掘される亜鉛量である。表2に前述の米国地質調査所の2017年報告に記載されている2016年度の亜鉛鉱の埋蔵量と亜鉛鉱の採掘量を示す。亜鉛資源の埋蔵量はオーストラリア,中国,ペルー,メキシコが多いが,亜鉛需要が多い中国やペルー,オーストラリア,メキシコでの採鉱量が多い。世界全体の亜鉛資源生産量は1,190万トンで,中国はその37.8%に相当する世界最大の産亜鉛国である。
4.亜鉛の物性と用途
亜鉛は光沢のある青味を帯びた銀白色の金属で,融点は419.5℃,沸点は907 ℃と比較的低温である。亜鉛の比重は7.14で,鉄よりも小さく,常温では脆いが,約100 ~ 150 ℃の温度範囲では,展性,延性に富む。しかし,210℃を超えると,再び脆性を示すようになる。尚,亜鉛は良好な電気伝導体である。
亜鉛を含む合金の種類は多く,銅との合金である真鍮がよく知られているが,アルミニウム,アンチモン,ビスマス,金,鉄,鉛,水銀,銀,スズ,マグネシウム,コバルト,ニッケル,テルル,ナトリウムとも合金をつくる。亜鉛合金は融点が低く加工しやすい特性から,ダイカストや鋳造品として,その特性を生かして生活用品等として利用されている。
亜鉛の特性として最も重要なのは「犠牲防食効果」であり,鋼板などのめっき材料として多量に使用されている他,建築・造船用の防食用品としても活用されている。以下にその原理を記載する。
(1)亜鉛めっき
亜鉛めっきは亜鉛の主要な用途であるが,めっき方法によって溶融亜鉛めっきと電気めっきの2種類に大別される。
溶融亜鉛めっきは別名「どぶ漬けめっき」とも称され,亜鉛の溶融浴に鋼材をどぶんと浸漬して,鋼材の表面に亜鉛を付着し,亜鉛と鉄の合金層を生成させている。鋼材の表面で,鉄よりも先に亜鉛を酸化することにより,鉄材の腐食を防止している。図1に溶融亜鉛めっきの断面図を示す。尚,溶融亜鉛浴には少量の鉛が含有しており,浴槽の鉄材を保護しているが,そのため溶融亜鉛には通常,98.5%の蒸留亜鉛が使用される。電気亜鉛や精留亜鉛も使用できるが,価格も高い上に,別途鉛地金を添加溶融する必要があるため,通常蒸留亜鉛を使用する。亜鉛めっき部分の組織写真を図1に示す。鋼材の上にα1層が生成し,その上にζ層,大気との接触面にη層が生成している。
一方,電気めっきは電気亜鉛又は精製亜鉛を陽極にして硫酸浴で電気分解し,鋼板を陰極にして鋼板上に亜鉛をめっきする方法である。一般に,めっき層は薄く,均一なめっきが可能なことから,家電品,日用品等の鋼板のめっきに利用される。亜鉛めっきの使用環境における厚みと寿命の関係を表3,4,5に示す。一般に亜鉛めっきの耐用年数は下記の通りである。
(2) 亜鉛の犠牲防食作用
金属構造物が海水や土壌中の水分などと接触すると,部分的な環境条件の違いにより電位差が生じて局部電池を形成し, 電位の低い部分(陽極)から電位の高い部分(陰極)に電子が移動して,陽極部より鉄が陽イオンとなって溶解する。その際,亜鉛などの低電位金属をあらかじめ取り付けておくと,亜鉛と鉄との間に局部電池を形成し,亜鉛が陽極となって溶解し,鉄の溶解を防止できる。これを亜鉛の犠牲防食作用と言い,船や構造物の腐食防止のために防食亜鉛製品が利用される。
5.亜鉛の需要と供給
世界の亜鉛地金の需要量と供給量を表3に示す。2016年の世界の亜鉛地金の生産量は2015年と大きく変わらず,13,721千tであった。国別の生産量では中国が前年比107%の6,274千tと増加した。
2015年には豪州のCentury鉱山,次いでアイルランドのLisheen鉱山と世界の大型亜鉛鉱山が閉山されたことから,亜鉛鉱石が不足する事態が想定された。中国では今も亜鉛地金の増産が継続しているため,今後鉱石の供給不足が生じる恐れもある。しかし,中国においても環境規制が強化される傾向が見られるため,亜鉛製錬の増産は以前ほど容易ではなく,現在のところ亜鉛鉱石の需給はバランスしている。
2016年の世界の亜鉛地金生産量は前年並みの13,721千t,亜鉛地金消費量は同103%の13,913千tとなった。亜鉛地金の生産及び消費量は主要需要先である鉄鋼業の粗鋼生産量とリンクする傾向が強い。
中国は最大の地金生産国であるとともに消費国でもあり,世界の地金の48%を消費している。世界需給には中国の消費が大きな影響を与える。
表4に国内の亜鉛需要と供給量を示す。2016年の亜鉛供給量は前年比93%の679千tで、需要は前年比92%の540千tであり,需要と供給は僅かながら前年度より減少している。国内の亜鉛供給は電気亜鉛・蒸留亜鉛等の地金と再生亜鉛の生産量,地金,合金地金,くず等の輸入素材及び板・棒などの品,再生亜鉛の輸入量の合計を示している。また,2016年の亜鉛の内需は前年比96%の388千tであった。亜鉛めっき鋼板,その他めっき,無機薬品は対前年で減少となり,伸銅品、ダイカスト,板は対前年で増加した。
亜鉛めっきには,溶融亜鉛めっきと電気亜鉛めっきの2方法があるが,溶融亜鉛めっきは高温で溶融した亜鉛に鋼材を浸して鋼材の表面に皮膜をつくる処理法で,最も一般的に用いられるめっき方法である。主に自動車や建材等の鋼材に使用されている。電気亜鉛めっきは,めっき槽に鉄をつけて電気を流して亜鉛を鉄材上にめっきする方法である。屋内で使用される家電製品などの鋼材に使用されている。電気亜鉛めっきは、溶融亜鉛めっきよりも亜鉛の付着量を薄く,正確に制御できるが,鉄板を加熱しないので、加熱圧延ラインとは別に電気めっきラインを設置する必要があり、溶融亜鉛めっきに比べてコストが高い欠点がある。
また,防食用の塗料にも亜鉛は用いられている。ジンクリッチ塗料は亜鉛粉末からなり,溶剤で結合して鉄板に付着させる塗料で,亜鉛粉末の電気防食作用を利用した防食用塗料である。近年鋼材などの高い耐久性を得る目的,あるいは美観,環境調和,標識や安全表示などへの目的で使用されることも増えている。
亜鉛は銅との合金である真鍮・青銅等の伸銅品用にも活用されている。真鍮は64黄銅とも呼ばれており,銅成分が60%,亜鉛成分が40%の合金である。これらの合金は電子機器の板材やプラント用管材,各種部品等に使用されている。
そのほか,ダイカストや鋳造品にも用いられている。ダイカストの場合,融点が低くて加工しやすいことから,アルミニウムやマグネシウムなどとの合金で作られ,強度と流動性を特徴とする。自動車,家電製品,通信機器などの精密部品や工業用品から玩具,カップ,ドアノブなどの日用品まで,広い用途で使用されている。亜鉛の鋳造品は、自動車部品の金型などに使用されている。また,酸化亜鉛,塩化亜鉛などとしてゴム製品の添加剤(タイヤの加硫促進剤)や,フェライト用原料,バリスタ,塗装(塗膜強化剤),陶磁器(上薬),乾電池,農薬,医薬品等の無機薬品用途としても多くの需要があり,日用品として使われている。
5.亜鉛地金の種類と製法
亜鉛地金には,電気亜鉛,蒸留亜鉛及び精留亜鉛の3種類がある。亜鉛の製造方法には湿式法(電解採取法)と乾式法(蒸留法)があり,電解採取法で作られたものを電気亜鉛(品位99.99%,4N)と呼ぶ。蒸留法で作られたものを蒸留亜鉛(品位98.5%)と呼び,溶融亜鉛メッキなどの用途に使用されるが,鉛等の不純物元素を少量含有しており亜鉛の純度が低い。そのため,精留塔において,蒸留亜鉛を揮発と比重分離により,沸点や融点の異なる不純物を除去して,高純度化した精留亜鉛(品位99.99%,4N)が作られる。そのため,電気亜鉛と精留亜鉛は純度が高く,純金属亜鉛として使用可能であるが,含有する不純物の種類と濃度が多少異なることから,用途に応じて選択して使用される。
6.亜鉛価格
亜鉛地金の国際価格(LME) の推移を図1に示す。1995~2005年には1,000US$/tであった亜鉛地金価格は2006~2007年には3,300 US$/tまで急騰したが,その後2,000 US$/t前後の価格まで,下落して推移していた。2017年には亜鉛地金価格は再度上昇し,2018年には再び3,000 US$/tを超えたが,その後下落し,2019年2月には2,700 US$/t前後の価格で推移している。近年,亜鉛価格はやや高めに推移していると云える。
7.亜鉛製錬技術
亜鉛の製造方法には湿式法(電解採取法)と乾式法(蒸留法)がある。湿式法(電気分解法)は電気分解によって金属亜鉛を得る方法である。図2に湿式法(電気分解法)のフローシートを示す。先ず精鉱を焙焼して酸化亜鉛の焼鉱を造る。酸化亜鉛を硫酸に溶解して,硫酸亜鉛溶液を造り,この溶液を電解槽に一定速度で流入させ,電解採取して電極に析出させた電着亜鉛を回収し,電気亜鉛(亜鉛純分99.99%)を得る。湿式法は乾式法よりもシンプルな工程であるため設備投資額も小さく,高純度の亜鉛地金を製造できるため,世界的に最も普及している亜鉛製錬方法製である。
一方、乾式法は亜鉛の低い沸点(907℃)を利用し、亜鉛だけを蒸発させる方法である。まず、精鉱を焙焼し酸化亜鉛焼結鉱を造り、この酸化亜鉛焼結鉱とコークスを混合加熱することで、酸化亜鉛中の亜鉛分を蒸発させる。蒸発した亜鉛を鉛に吸収させた後に、亜鉛を分離する。乾式で製造された蒸留亜鉛には鉛が不純物として混在する為に、精留塔で純度を高めても、電気亜鉛の品位には及ばないために販路が限定される。