1.金の歴史
金は歴史的に古くから使われている金属で,紀元前6000年頃すでに古代シュメール人が金装飾を用いていたようである。紀元前4000年頃にはヨーロッパ東部で金が産出し,装飾品として使用されていた。また,紀元前3000年頃にはシュメールで金を装飾品に加工する高度な技術が開発され,紀元前2600年頃には古代エジプトの象形文字にて金についての記述が残されている。その他,エジプトとヌビアでは旧約聖書にも金に関する記録があり,ギリシア神話の中ではミダス王は触ったものを黄金に変えるとされている。紀元前1500年頃には金が交換時の標準として用いられ,通貨的な役割を果たしていたようである。
紀元前600頃には古代ギリシアのアリュアッテス王によって実用的な純度と重量が保障されている最初の金貨が作られ、紀元前550年頃にはクロイソス王によって純度98%の金貨や銀貨が鋳造されたと言われている。紀元前344年にはアレクサンダー大王は4万人の軍隊を率いてペルシャに進攻し、大量の金を持ち帰り、ヨーロッパにも黄金の文化が伝播した。西暦77年に古代スペインをローマ帝国が征服して,ローマの土木技術が導入され,ラス・メドゥラス金鉱山では近隣の川から水路を引いて,大量の水を流すことで、山の表面を削りとってゆく方法で金の採掘をしたことが記録されている。
西暦1492年にはコロンブスによってアメリカ大陸が発見されて,ヨーロッパからの探検家達によって中央アメリカやペルー、コロンビアで先住民達が持っていた膨大な量の金が強奪され,ヨーロッパに送られたことが記録されている。これらの古い歴史に現れる金の資源は砂金で,微量含有されている金鉱石より金が回収されるようになるのは,中世以降に金の製錬技術が確立した後となる。また,中世ヨーロッパでは他の金属から金を生み出す錬金術の研究が盛んに行われた。原理的に金を作り出す事はできなかったが,錬金術から生まれたさまざまな技術が、現在の科学の起原となっていると言われている。
1800年代には米国のカリフォルニアで砂金が発見され,世界中から砂金取りがカリフォルニアに集まったのをゴールドラッシュと呼ぶが,ゴールドラッシュのピークが1849年なので、アメリカでは今でも一攫千金を狙う山師のことを49er(フォーティ・ナイナー)と呼ぶことがある。しかし、実際のところは砂金で大金持ちになったのはほんの一部の人だけで,残りの人は安い賃金で過酷な労働に従事しただけである。従って,金は現在でも最も夢のある金属ではあるが,金に関わる人を幸せにするとは限らないことを知っておく必要がある。
2.金の用途
金は展性と延性に富み,酸化され難いため,錆びずに光沢を維持できる金属で,宝飾品,通貨,美術工芸品などとして最も高い価値を持つ金属となっている。また,貨幣が金貨から紙幣に移行してからも金本位制が廃止されるまで通貨価値を担保する資産として用いられ,金本位制が廃止後もその価値は変わらず国や個人保有資産として危機の際の逃避先資産の一つとなっている。特に,中国やインドなどのアジアの民族では金を資産として所有する傾向があり,米国ドル等の国際通貨が不安定になったり,大規模な紛争が発生すると金価格が急騰する傾向が見られる。
基本的に金の埋蔵量は需要に対して少なく,希少性の高い金属であり,金の価格は上昇している。現在でも金の用途の大半は宝飾品、アクセサリーに利用されており,貴金属の代表である。また,近年金の工業的用途が増加しており,最先端のエレクトロニクス技術において金は接点めっき材料として利用されている事が挙げられる。電子機器に使われているプリント基板の接点部には,金,銀及びパラジウム等の貴金属がめっきされており,通電性を改善している。通電性を確保する必要性の高い機器ほど金のめっきが使用されており,小型電子機器の代表である携帯電話には接点用のめっき素材として0.02~0.04wt%程度の金が含まれている。
3.金資源
(1) 金資源の埋蔵量と資源生産量
金の埋蔵量は豪州,ロシア,南アフリカ,米国,インドネシア,カナダに多く,世界全体で5万7千トンある。2016年度の金鉱山からの金鉱石の採掘は中国,豪州,ロシア,米国,カナダが多く,世界全体で3100トン採掘されている。
出展 : U. S. Geological Survey,Mineral Commodiyty Summaries 2017
表1.金の資源生産量と埋蔵量

(2)金の生産量
金地金の生産量は中国,豪州,ロシア,米国,インドネシア等が多く,2016年には世界全体で3,222トンであった。世界の金地金生産量は微増している。
出典:鉱物資源マテリアルフロー2017(Thomson Reuters,「GMS GOLD SURVEY 2017」)
表2.金地金の国別生産量

(3)金の需要と供給
金は物理化学的性質として高い導電性,熱伝導性を持ち化学的に安定していて酸化されにくいため、産業の高度化と共に電子・電気部品のめっき被膜として広く用いられている。金は工業用途に広く用いられているが,世界需要の半分が宝飾用途に使われている。
過去10年の金の国別生産量は中国が首位で、2016年の生産量は世界合計の約14%を占めている。中国に次ぐ主要生産国は、2016年では豪州、ロシア、米国となっている。世界の金生産量における国別構成比では、10年前は南アと中国がほぼ同等であったが、2016年は、中国が南アの 3 倍で世界最大の生産国となっている。
金の世界需給動向を表3に示す。2016年の世界の金供給量は前年比102%の4,511tと増えている。その内訳は、鉱山生産量(金生産量)が前年とほぼ同等の3,222t、中古金スクラップは前年比108% の1,268t、生産者ヘッジによる正味供給量2は前年同値の21tであった。また、現物需要は、前年比82%の3,559tに減少した。
2016 年の需要量が減少して過去 6 年間で最少となり2008 年の水準に戻った主な要因は、シェア最大の宝飾品需要(全体需要の約53%)が前年比79%の1,891tとリーマンショック(2009年)以来の最低水準に落ち込んだことにあることを、表3が示している。
宝飾品需要が縮小した事情は、インドにおける宝飾品製造に対する物品税の導入、小売業者による在庫削減、高額紙幣廃止による現金取引から透明性の高いキャッシュレス経済への移行に起因する。また、中国でも金価格上昇による需要減及び低カラットの宝飾品志向などや、中国経済の成長鈍化に直面して消費が全般的に縮小し宝飾需要が低迷したことによる。
宝飾品に次ぐ用途である小口投資向け(全体の約30%)も前年比91%の1,057tに減少し、工業用加工需要(全体の約10%)も前年比97%の354tに減少した。工業用需要の低迷は、エレクトロニクス部門での安価な代替材料への移行が進展したことや、価格面から歯科部門やその他の工業用需要での減少が影響している。
2016年の世界の金の供給に当たる生産量は鉱石からの生産が3,222トンで,リサイクル量が1,268トンであり,リサイクル量の比率は3割弱の28%であった。金の世界需要は2016年3,559トンで,宝飾品1891トン,エレクトロニクス254トン,歯科・医療30トン,その他工業用70トン,金地金787トン,コイン271トンの他,公的需要が257トンと実需以外の保管用途が多いのが需要の特徴である。
出典:鉱物資源マテリアルフロー2017(Thomson Reuters,「GMS GOLD SURVEY 2017」)
表3.世界の金地金需要と供給量

(4)金の国内需給
2016年日本国内の需給については,鉱石から生産した新産金が76.1トン,再生金が55.0トン国内の流通品が202.7トンで,輸入が4.7トン。供給合計338.5トンに対して,内需は電気通信・機械部品27.8トン,歯科・医療用8.5トン,めっき用2.4トン,宝飾用8.7トン,美術工芸用1.0トン,メダル用0.2トン,その他9.9トンの内需合計58.5トンであるが,輸出は196.8トンと多い結果となっている。
表4.日本の金地金需要と供給量

(5)金の価格
1980~2018年までの間の純金価格の推移(US$/toz)を図1に示す。1982~2005年までは400 US$/toz程度の価格で推移していたが,その後金価格は上昇を続け,2012年には1,600US$/tozを越えるところまで上昇したが,その後1,200 ~1,300US$/toz程度で推移している。
図1.金地金価格の推移

4.金の製錬技術
金の製錬技術としては歴史的にはアマルガム法や南蛮吹き法があるが,現在金鉱山で採掘された金鉱からの金の製錬技術としては青化法が一般的である。その他,銅製錬や鉛製錬において,金鉱石を銅鉱や鉛鉱と一緒に溶融し,金を銅や鉛中に濃縮して,電気分解時の残渣から貴金属を精製する方法も工業化しており,金製錬量も多い。電解残渣からの貴金属精製法については従来乾式精製法が一般的であったが,近年日本の銅製錬所では湿式精製法が主体となってきている。
(1)金の製錬原料
金の製錬原料としては昔から砂金が利用されてきたが,砂金は珪酸鉱等の金鉱中に析出した大きな金粒子が珪酸から剥離して,砂状の金となったもので,古代より比重差を利用して水簸により回収されてきた。現在でも少量の砂金は発生しているが,大部分は珪酸鉱系の金鉱が金原料の主体となっている。その他,硫化銅鉱(黄銅鉱等)や硫化鉛鉱(方鉛鉱等)にも微量含有されており,銅製錬や鉛製錬で効率的に回収しており,主要な金原料の一つとなっている。
(2)アマルガム法(amalgamation process)
金や銀を含む鉱石から水銀を利用して金や銀を取り出す製錬法で,古来より金の溶融製錬法として実施されてきた。金や銀は水銀に溶融する性質があり,水銀に金や銀が溶けたものをアマルガム (amalgam) と呼ぶ。そのアマルガムは加熱して,水銀を蒸発させると,沸点の高い金や銀は残渣として残り,効率よく精製することができる。
その原理を利用した金の製錬法をアマルガム法と云い,鉱石を粉砕し,金や銀を含んだ粒子と岩石を分離し,水銀を加えアマルガムを作り,不純物を濾過,洗浄した後,水銀を加熱蒸発させて除去する。水銀は密閉した容器内で蒸発させ,蒸発した水銀は回収して再利用される。水銀が蒸発すると後に金や銀が残り,貴金属が効率的に濃縮,精製できる。
日本の奈良時代(752年開眼)に,奈良の大仏(東大寺盧舎那仏)を建立する際に,大量の金で仏像の表面を塗装されたが,その際にアマルガム法が活用されたようである。アマルガム法では水銀を蒸気にして分離回収するため,水銀蒸気を作業中に吸引して中毒にならぬように注意し,汚染の拡大を防止する措置が必要不可欠なので,環境問題の観点から現在ではあまり実施されていない製錬法である。
(3)南蛮吹き法(灰吹き法)
1600年以前の日本では銅鉱石から製錬した粗銅はそのまま輸出されており,含有する金,銀は回収されていなかった。銅中の金,銀は溶融した鉛に容易に移行し,鉛中に分配する性質を利用して,金,銀の分離回収する技術を蘇我理右衛門が確立した。本回収法はヨーロッパから中国を経て伝来したことから南蛮吹きと呼ばれているが,鉛を酸化して分離することから灰吹き法とも呼ばれる。粗銅に溶融金属鉛を接触させると,粗銅中の金,銀が鉛中に移行して貴鉛を生成することから,比重差を利用して貴鉛(金銀を含む溶融鉛)を分離する。酸化炉にて貴鉛を酸化すると鉛は酸化鉛となり,濃縮した金,銀は残渣として分離回収できる。尚,金属鉛により金,銀等の貴金属成分を吸収し,酸化することにより酸化鉛として貴金属成分を分離する方法は,貴金属の分析方法や乾式製錬法にも活用されており,最近まで銅,鉛製錬所にて活用されていた。
図2.南蛮吹き法のフローシート例

(4)青化法(シアン法)
シアン化ナトリウム又はシアン化カリウムは金及び銀と錯イオンを形成して選択的に溶解する反応を利用した製錬法を青化法と云う。金鉱から直接金を回収する方法として,粉砕した金鉱石をシアン溶液に加えて撹拌し,シアン化金として浸出する。次にシアン化金溶液を活性炭にて吸着して,シアン溶液から金を分離する。シアン溶液は精鉱からの金浸出に再度利用される。金を吸着した活性炭を焙焼すると,粗金が残渣として残る。粗金は金の精製工程で純金に精製する。尚,金を吸着した活性炭から金を抽出して活性炭を再利用するプロセスもある。
現在も金鉱山では本青化法により金製錬を実施されているが,小量でも人体に有毒なシアン化ナトリウム又はシアン化カリウムを使用するため,シアンを含む排水や排ガスの漏洩には特別な配慮が必要である。過去に,シアンによる環境汚染の事例も数多く発生しており,環境汚染の防止の徹底が必要である。
図3.青化法のフローシート例

(5)銅,鉛製錬残渣からの金精錬法
銅製錬や鉛製錬においても原料に金等の貴金属が含有されており,製錬において貴金属元素は銅又は鉛と挙動を共にし,粗銅又は粗鉛に吸収される。粗銅又は粗鉛に含まれる貴金属元素は銅電解精製や鉛電解精製時に電解スライムに移行して,貴金属精製工程にて製品化される。貴金属精製工程には乾式製錬法と湿式製錬法があるが,近年日本の貴金属精製工程は湿式製錬法が普及してきている。
① 貴金属の乾式製錬法
日本の銅製錬所で長く使用されていた銅電解スライムの乾式製錬法の例を図4に示す。銅電解スライムは先ず硫酸による脱銅を行い,次いで酸化焙焼によりセレンを分離して焙焼スライムにする。焙焼スライムは酸化鉛と一緒に還元電気炉による還元し,貴金属を鉛メタル中に移行した後,酸化製錬して鉛を酸化する。メタルと酸化鉛は分離して,メタル(粗銀)は精銀炉にて銀アノードを鋳造し,酸化鉛は還元炉に繰り返す。鉛を媒体とした還元,酸化反応による貴金属の濃縮は前述の南蛮吹き法の原理を利用したものである。また,酸化製錬時に発生するソーダ鍰には,テルルが含有しているため,テルル回収工程にて金属テルルを回収する。銀アノードは銀電解精製により樹枝状析出物の純銀カソードが得られる。銀電解精製時の殿物には金や白金族元素が含有しているため,パーチング溶解処理によって白金族元素を溶解して,白金族元素の精製工程にて精製する。パーチング溶解残渣には金が濃縮していることから,金アノードを鋳造して,金電解精製を行い,純金カソードができる。通常はカソートを溶融して型金をして製品化している。
図4.銅電解スライムからの金の乾式精製プロセス例

② 湿式金製錬法
乾式製錬法では貴金属を製品化するのに数か月かかり,鉛を媒体とした貴金属の濃縮(南蛮吹き法)をすることから,製品化期間の短縮と鉛を使用しない作業環境の改善を目的として,日本の主要銅製錬所に近年湿式製錬法が導入されている。図5に銅電解スライムの湿式製錬法のプロセス例を示す。
湿式製錬法の基幹技術は,各社とも米国の James E. Hoffmann 氏が開発した塩化浸出とDBC (Dibutyl Carbitol) による金の溶媒抽出技術を採用している。本技術はHoffmann 氏が開発したが,特許出願はせず,文献等で一般公開している。Hoffmann 氏はコンサルタントとして米国の銅製錬所に最初に導入した。日本で最初に導入したJX金属株式会社では,2004年にHoffmann 氏を技術コンサルタントとして契約し,同氏の指導のもとに湿式プロセスを開発した。当時,DBC (Dibutyl Carbitol )は日本では工業的に使用されておらず,新規化学物質で日本国内では使用できなかったため,プロセス開発と並行して化審法に伴う新規化学物質の登録手続きも実施して,実用化したことも特筆される。
図5.銅電解スライムからの金の湿式精製プロセス例

(6)リサイクル製錬
金の製錬の原料として,使用済み金製品のリサイクルは極めて重要で,表5,6に示す通りリサイクル原料の割合が30%前後と大きい。金のリサイクル方法については,含有濃度によって異なっている。基板屑等の低濃度の金スクラップは,銅製錬や鉛製錬の原料に混合して処理され,電解精製のアノードスライムに濃縮して,鉱石出の金と一緒にリサイクルされる。一方,高濃度の金スクラップについては,リサイクル会社によってその性状に応じて溶融精製,酸溶解,電解精製等により,再生金を製造している。
表5.世界の金地金需要と供給量

表6.日本の金地金需要と供給量
