錫の概要
錫は古来より日常生活に使用されており,金属や酸化物,塩類といった無機化合物の形では毒性が低いため,鉄板に錫めっきしたブリキとして食器や缶詰,青銅などの合金材料として,広範囲に渡って利用されている。
錫は原子番号50番の金属元素で,融点が231.9℃と低く,錫石からの製錬が容易であるため、人類史において最も早くから使用され始めた金属の一つである。単体では白色の金属光沢を有した,非常に軟らかい金属だが,天然では硬い酸化物 である錫石として産出している。錫の資源は中国,インドネシア,ミャンマー,ペルーに多く,特に中国,インドネシアは金属製錬量が多い。
また,錫は人体に無害であることから,医薬品のチューブなどに利用されるほか,融点が232℃と低いことから,鉛との合金として『はんだ』に使用されてきたが,鉛が有害であることから,純錫はんだやSn-Ag-Cu系はんだ等の鉛フリー化が進んできている。
錫の歴史
紀元前3000年頃にメソポタミアで初めて青銅(銅錫合金)が作られた。錫により銅の硬度不足が改善され,石器時代から青銅器時代へと移行した。一方,錫資源が無い地域においては石器時代が長く続いた。
日本では青銅は鉄と同時に伝わったため,青銅器時代は無かった。アメリカ大陸にはスペイン人が青銅を装飾品として持ち込んだため,青銅器はあまり使用されなかった。
古くから世界有数の錫の産地だったのは,イギリスのコーンウォールで,フェニキア人が初めて開発し,ローマ帝国時代も各地に錫を輸出した。
1810年にイギリスのデュラントによって缶詰が開発され,ブリキ用のスズの需要が急増すると,錫不足となって世界各地で採掘されるようになった。
その後,世界最大の錫産出国となったのがマレーシアである。イギリスの植民地として開発が進み,1985年まで世界の25%のシェアを占めていた。
ボリビアの錫開発は1880年代に始まり,銀に代わって生産は急増した。錫の生産は民族資本によって行われ,世界有数の3大財閥が生まれた。
錫の生産者と消費者により,1956年に価格維持と生産安定を目的とした国際スズ協定が採択され,下部の国際スズ理事会によって輸出割当てや需給調整が行われた。このシステムは1976年頃までは有効に機能した。しかし,1985年に国際錫市場が暴落したため,ロンドン金属取引所(LME)での錫が取引停止となり,錫危機が発生した。このためにマレーシアの錫鉱業は壊滅的な打撃を受け,市場の混乱や資源枯渇による衰退が続き、現在では産出国の一つにすぎない。
ボリビアもまた, 1952年のボリビア革命によって3大財閥の錫鉱山が接収されて国有化されたのちは,生産の減退が続いている。これらに代わって,錫生産を拡大して,大生産国に躍り出たのは、インドネシアと中国で,現在も続いている。
英語の錫を意味する『Tin』という言葉はゲルマン語系で使用されており,ゲルマン祖語の『Tin-om』にまで遡ることができる。同源の語に,ドイツ語のZinn,スウェーデン語のtenn,オランダ語のtinがある。 。 元素記号のSnは,ラテン語のstannumに由来する。元来この単語は銀と鉛の合金を意味していたが,4世紀には錫を意味するようになった。
錫の物性と用途
錫は炭素族元素に分類される青みがかった白色の金属光沢をもつ,非常に軟らかい金属で,延性や展性に富む。錫は両性物質であり,強酸,強アルカリの両方に溶解するが,中性の溶液には作用せず,比較的安定である。金属や酸化物,塩類といった無機化合物の形では毒性が低いため,食器や缶詰など広範囲に渡って利用されている。鉄板に錫めっきしたブリキは昔から身の周りの日用品として利用されてきた。
融点が232℃と低いことから,鉛との合金として『はんだ』に使用されてきたが,鉛が有害であることから,純錫はんだやSn-Ag-Cu系はんだ等の鉛フリー化が推進されている。錫は無害で耐食性に優れ,空気中で変色せず,外観が美しいので,鉄,鉄鋼,銅などの表面にめっきして,食器, 美術工芸品から電子部品まで使われる。錫の主要な用途は以下の通り。
・はんだ (用途の50%以上を占める)ブリキ (めっき缶,めっき鋼板)
・電子部品・伸銅品 (リードフレーム)
・ITO (透明電極用のインジウム・錫酸化物)
・青銅,鋳物,軸受合金及び易融合金など合金としての用途
・化成品 (有機錫はポリ塩化ビニルの安定剤,農業用殺菌剤
・重合触媒などに使用される)電線 (めっき)

錫の資源
図1に錫の可採埋蔵量を示す。錫の資源は中国,インドネシア,オーストラリア,ブラジル,ボリビアに多く埋蔵されている。


図2に資源生産量を示す。資源生産量も中国,インドネシア,ミャンマー,ペルー今後ボリビア等に多い。

錫の消費と生産
金属錫の国別生産量は,資源と同様に中国,インドネシア,マレーシア,ペルー等に多く,中国が世界の半分を生産している。


金属錫の主要製錬企業
金属錫の主要製錬企業を表1に示す。主要企業は中国,インドネシア,ペルー及びマレーーシアに多い。

金属錫の価格推移
2016年度から2020年度までの間は15,000~20,000US$/tで安定して推移したが,2021年度以降価格は上昇傾向にあり,現状40,000US$/tにまで高騰している。

錫の製錬法
錫の製錬法の例を図6に示す。錫鉱石は還元溶連,酸化溶錬及び電解精製により,金属錫に製錬されることが多い。

錫のリサイクル
錫のリサイクル方法の例を図7に示す。錫のリサイクル法には乾式法と湿式法があり,乾式法では鉱石製錬と同様に還元製錬,酸化製錬及び電解精製法が実施されている。小規模にリサイクルする場合には通常湿式法が採用されることが多い。これは乾式法の設備費が大きいためである。湿式法では錫を酸で溶解し,浄液をした後に電解採取により,金属錫を回収している。

国内の錫リサイクル率
国内の錫のリサイクル率を表2に示す。現状,錫のリサイクル率は5~10%に過ぎない。これは錫のリサイクル施設が少ないことによるが,近年錫価格が上昇していることから,リサイクル率も上昇することが期待される。
